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エゴン・シーレ 磔刑 (Crucifixion) 1907年頃
 
エゴン・シーレのスキャンダルには、宗教、聖職者の冒涜なんてものがあった。1912年にもろもろの理由で逮捕されている。その勾留されたときに、意味深長な言葉を書き添えた水彩画などを12点描いている。

油彩画「枢機卿と尼僧(愛撫)Cardinal and nun」(1912年)は、聖職者のタブーがタイトルからもわかりやすい。 この「磔刑」のタブーとはなんぞや?誰か教えてくれよー。


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エゴン・シーレ 聖セバスティアヌスとしての自画像
(Selbstbildnis als Heiliger)

シーレの作品には好き嫌いが多いが、大抵はほとんど嫌いで、これはOKということが多い。

僕の好きな作品(この磔刑以)
第1位 エゴン・シーレの「抱擁(恋人同士Ⅱ)The Embrace (The Loving)
第2位 「模様のあるブランケットのうえに横たわる裸の少年
第3位 「横たわる女」(kaoちゃんは横たわる絵が好きだと思う。他の記事を見ても)
第4位 「Black Girl 」、「右腕を伸ばし座っている裸像」 12枚もいいんだけどね。
第5位 ダナエ
シーレは自分をさまざまな姿に表わした。
行為者と観察者、聖者と自慰行為者、分身と孤独者、隠者と伊達男、囚人と死神
この本からはシーレの二役が論じられている。鏡とシーレ、自画像とシーレ,、モデルとシーレ。

16歳で自己イメージを決め付けたシーレ。才能を見出された若いシーレは、きっと自分の進む道にそれ以外の選択肢が見つけられなかったのかもしれない。大人びたシーレは実際に大人になったのだろうか。28歳の死までに。あまりにも若くして自己を決定つける才能のある人の一生は短い気がする。 ところでXAI おまえは何アップするんだよー!はやくアップしてくれ!


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「聖セバスチャン風の自画像」は、アルノート画廊での展覧会用ポスター。シーレは矢で射抜かれているセバスチャンで登場。1914年12月31日~1915年1月31日まで開催した。
 
シーレは聖者としての画家の役割として「私が存在すること、私が衰えることは、不変の価値へと置き換えられ、より熟達したさまざまな存在に対し、圧倒的な力をもたらさねばならない。たとえば、それは信ずるに足る宗教のように」と述べているってか、語っている。
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ウィーン世紀末 クリムト、シーレの接吻、抱擁
エゴン・シーレの油彩画「枢機卿と尼僧(愛撫)Cardinal and nun」(1912年)は、クリムト「接吻」のパロディといわれている。仮面剥奪のパロディ的表現という。人間性をアレゴリー的なイメージで表すことと並んで、シーレの作品は人間の仮面を剥がすことを目的にした。(引用:Schiele W・G・Fisher TASCHEN books)「デカメロン」、「カンタベリー物語」にでてくるような二人を、色の面を組み合わせたピラミッド形構図のなかに置く。真っ赤な枢機卿服を着た聖職者は欲望の対象者を凝視する。尼...
URL 2010/01/16(Sat)21:43:29
エゴン・シーレ  ウィーン世紀末的運命
クリムトっぽいエゴン・シーレ。これは「チェック模様の布をまとい、立っている少女」シーレの1908−09の作品で、クリムトと出会ってから1〜2年後のものだ。これはクリムトへのオマージュともいわれている。平面的、装飾的様式。シーレとクリムトは、カフェ・ムゼウムで知り合った。この頃シーレは17歳だから、この作品のころはまだ20歳にも満たない。とにかく極貧だったらしい。母親、後見人の叔父の反対を押し切っての芸術家の道。シーレ自身、友人でもあり支持者でもあるレスラーに、当時の自分の身なりを手紙で語っている。ぶかぶか...
URL 2010/01/16(Sat)21:46:22
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